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高知地方裁判所 昭和53年(ワ)163号 判決 1984年6月28日

原告 田内清澄

右訴訟代理人弁護士 岡林濯水

同 氏原瑞穂

被告 国

右代表者法務大臣 住栄作

右指定代理人 西口元

<ほか五名>

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二三九八万三〇〇〇円及びうち金八六万二〇〇〇円に対する昭和四九年一月一日から、うち金二六三万七〇〇〇円に対する昭和五〇年一月一日から、うち金三二〇万四〇〇〇円に対する昭和五一年一月一日から、うち金三五〇万円に対する昭和五二年一月一日から、うち金五〇〇万円に対する同年九月九日から、うち金二七八万円に対する昭和五三年一月一日から、うち金三〇〇万円に対する同年六月一日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文一、二と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (公訴の提起及び無罪判決の確定)

原告は、高知地方検察庁検察官検事野田一雄(以下「野田検事」という。)から、昭和四八年八月二二日、高知地方裁判所に別紙記載の公訴事実(以下「公訴事実」という。)第一及び第二の(一)の事実により、次いで、同年一〇月二日、同裁判所に公訴事実第二の(二)の事実により、いずれも収賄被告事件の被告人として各公訴(以下「本件各公訴」という。)を提起された(同年八月一日逮捕、同月三日勾留、同月二九日保釈許可釈放)が、同裁判所は、昭和五二年八月二五日、右各収賄被告事件につき、被告人を無罪とする判決を言渡し、同判決は、同年九月八日、検察官控訴がなされないまま確定した。

2  (被告の責任)

(一) 検察官が、公訴提起の時点を基準として、事案の性質上当然になすべき捜査を怠り、そのため証拠資料の収集が不十分であったり、証拠資料の収集は十分であっても、その評価を誤るなどして、経験則、論理則上到底首肯しえない不合理な心証を形成し、その結果、客観的にみて有罪判決を得られる見込みがないにもかかわらず公訴を提起したものと認められる場合には、その公訴の提起は違法と解されるところ、野田検事は、当然になすべき捜査を怠り、かつ、収集した証拠の評価を誤るなどして、客観的にみて有罪判決を得る見込みが全く存在しなかったのにもかかわらず本件各公訴を提起したものであり、本件各公訴の提起は明らかに野田検事の過失に基づく違法な公権力の行使によるものである。

(二) 公訴事実第一について

(1) 野田検事は、高知県物部川土地改良事務所(以下「改良事務所」という。)の所長である原告と改良事務所総務係長の訴外西峯徳治(以下「西峯」という。)が高知県営物部川地区土地改良事業(以下「本件土地改良事業」という。)の請負業者である柳生建設株式会社(のちに柳生司建設株式会社と商号を変更、以下「柳生建設」という。)の隧道(以下「隧道」と表記する。)工事現場責任者である訴外野々宮貞直(以下「野々宮」という。)と公務員対工事請負業者側という関係にあり、かつ、原告と西峯が関与して地区住民との補償交渉が妥結した結果柳生建設が本件土地改良事業の隧道工事に着工できるようになったこと、また、右着工に際し、野々宮が原告及び西峯から用地の賃借等につき協力を得た経緯があったこと並びに原告らが捜査官に対し公訴事実第一の事実に副う供述をしていることを主たる根拠として右公訴を提起したものである。

(2) しかしながら、右公訴の提起は、次の点において違法である。

① なるほど、原告、西峯及び野々宮は、捜査官に対し、公訴事実第一記載の三万円の授受が職務に対する謝礼の趣旨であったことを認める供述をしているが、その内容は、謝礼(賄賂)の趣旨であることをなんらかの形で積極的に表明して授受したというのではなく(その証拠は全くない。)、単に明示されない心情を言っているにすぎないものであって、それ自体捜査官の実態を無視した建前論を前提とした理詰めによる追及に抗しきれず迎合的になされた供述といわざるをえないのみか、現に右調書の記載中に、果して本人が積極的に供述したのか疑問に思われるほどに詳細、具体的な賄賂性に関する供述や、捜査官がことさらに関係者の供述を一致させようとした形跡があって、強力な誘導尋問によったものと窺知できる部分がある。原告は、捜査官に対し賄賂ではないと供述したが聞き容れてもらえず、捜査官から、否認を続ければ、高知県上層部(以下「県上層部」という。)更には農林省関係者にも捜査の手が伸びることを示唆され、かつ、所長として責任をとれとまで言われて追及されたため、県上層部等への波及を恐れるとともに、自分の所長たる立場をも考えて責任をとろうという気になり、前記三万円が賄賂である旨述べるに至ったものである。

従って、原告らの捜査官に対する賄賂性に関する供述の信用性には特に疑問があったにもかかわらず、野田検事はこの点について検討を怠った。

② また、前記2(二)(1)記載の補償交渉は、本件土地改良事業の促進のための枢要事であって、特に柳生建設の立場を考慮して行われたものではなく、前記用地賃貸借等についての協力にしても、地主を紹介して口をきいてやった程度のことであって、同人らの接触に公務員と業者が癒着しているというような状態は全く窺えなかったのに、野田検事はこの点について検討を怠った。

③ 更に、野田検事は、前記三万円の授受の過程に関し、気弱で、本件のみならず他の収賄の嫌疑でも調べられて困惑していた西峯を取調べ、右金員は野々宮から直接に原告に渡され、原告から西峯に交付されたとの供述を抽き出し、これを唯一の手掛りとして十分な検討を加えないまま、直ちに西峯同様気弱で他の贈賄事件で取調べられて困惑していた野々宮を追及して同人から西峯と同様の供述を抽き出し、これをもって更に原告を追及しようとしたが、原告は、再三にわたって野々宮から西峯へ、西峯から原告へと右金員が手渡されたと供述した。しかるに、野田検事は、右矛盾する供述について、供述者自身を含め、供述相互あるいは供述全般にわたる裏付捜査や信用性についての慎重な検討を怠った。

④ 原告は、右三万円の残金八〇〇〇円を出張から帰って西峯に返還しており、このことは捜査段階においてすでに明白であった。そして、右返還の事実を社会通念に徴すれば、原告が右三万円を受け取ったのは、以前宮地で野々宮ら柳生建設の従業員と飲食した際の飲食代金が改良事務所の付けになっているので、その代金を柳生建設から改良事務所に支払って貰い、これを出張の費用に流用したものと見るのが自然であるのに、野田検事はこの点の検討を怠った。

⑤ 加えて、右授受に至る経緯、その動機、結果(使途)等に照らしてみると、そもそも右金員の授受は、公務員が職務上の地位を利用し、不正な報酬を得て私腹をこやすというような典型的な賄賂事犯における場合とかなり趣を異にしていることが明らかであり、従って、その授受が果して刑罰をもって臨むべき程の職務に関する不正の報酬であるといえるのであろうか、という根本的な疑義が当初から存在したのに野田検事はこの点について検討を怠った。

(三) 公訴事実第二の(一)及び(二)について

(1) 野田検事は、原告において、本件土地改良事業の用排水路改修等の工事につき、山田堰井筋土地改良区(以下「改良区」という。)の構成員や改良区の会計担当の常務理事訴外池知忠夫(以下「池知」という。)の要望通り、当初の設計を変更してやったこと及び改良区が国からできるだけ多くの補助金を獲得して本件土地改良事業を早期に完成できるよう国と折衝してもらいたいと希望していたことが賄賂の授受の動機、原因であると認定し、原告らが捜査官に対し、公訴事実第二の(一)及び(二)の事実に副う供述をしていることを主たる根拠として右公訴を提起したものである。

(2) しかしながら、右公訴の提起は、次の点において違法である。

① なるほど、原告及び池知は、捜査官に対し、公訴事実第二の(一)及び(二)記載の三万円及び五万円の授受が職務に対する謝礼の趣旨であったことを認める供述をしているが、これは、前記2(二)(2)①と同様その内容が賄賂の趣旨であることをなんらかの形で積極的に表明して授受したというのではなく、単に明示されない心情を言っているにすぎないものであって、それ自体捜査官の実態を無視した建前論を前提とした理詰めによる追及に抗しきれず迎合的になされた供述といわざるをえないのみか、現に右調書の記載中に、果して本人が積極的に供述したのか疑問に思われるほどに詳細、具体的な賄賂性に関する供述や、捜査官がことさらに関係者の供述を一致させようとした形跡があって、強力な誘導尋問によったものと窺知できる部分がある。原告においては、捜査官から否認を続ければ、県上層部、更には農林省関係者にも捜査の手が伸びることを示唆され、かつ、所長として責任をとれとまで言われて追及されたため、県上層部等への波及を恐れるとともに、自分の所長たる立場をも考えて責任をとろうという気になり前記各金員が賄賂である旨述べるに至ったものである。

従って、原告らの捜査官に対する賄賂性に関する供述の信用性には特に疑問があったにもかかわらず、野田検事はこの点について検討を怠った。

② 本件土地改良事業は、形式的には高知県(以下「県」ともいう。)すなわち改良事務所が事業主体となるけれども、同事業の受益主体は、一般不特定の民衆ではなく、改良区及び改良区を構成する農民であり、その受益主体が事業費の一五パーセントを負担して進める事業であるから、実質的には改良区及びその構成員が事業主体とも認められる事業であり、改良事務所は、改良区の事業を技術面、資金面で援助しているとも認められる性格の事業であって、一般不特定の民衆が受益主体となる通常の土木工事事業と根本的に異なる性格のものである。従って、受益主体である改良区は、従来から独自の立場で交際費を予算に組み、中国四国農政局(以下「農政局」という。)、農林省等に対する予算獲得運動を展開するとともに、県から支出できない費用を負担して改良事務所職員にこの運動の代行を依頼してきたものである。しかるに、野田検事は、右の点についての捜査を怠った。

③ また、原告が池知らの要望により設計変更をしたと認定するならば、原設計は如何なるものか、変更した設計は如何なるもので、如何に変更したか等を現場の実況見分又は図面等に基づき原告や池知を取り調べたうえで供述せしめ、調書を作成することが捜査の常道であり、検察官として当然なすべき捜査であり、更にはその点に関する関係人についてもいわゆる裏付捜査をなすべきであったのに全くこれらの捜査はなされておらず、原告や池知の客観的事実と異なる供述を軽信し誤った認定をなした(なお、刑事裁判の公判段階において、弁護人の請求により検証がなされたが、その結果、設計施工のミスにより水路本流から分水路へ水が流入しなくなり、苦情があったためにこれを手直ししたほか、殊更に設計変更がなされた形跡がないことが明白になった。)。

④ 原告は、池知から受け取った三万円(公訴事実第二の(一))については、露月荘における宴会で費消したが、野田検事は、関係者から同宴会に農政局の担当官たる課長ほか二名が同席していたとの供述を得ていながら、同宴会は専ら原告ら高知県から出張した五人の議員の慰労会であったとの捜査に終始しており、それ以上に最終の詰めの段階に入る前に農政局の担当官が同席する宴会がいかなるものか、その実態に迫った取調べをしていない。

右実態に迫った取調べがなされていれば、あくまで主賓は農政局の担当官であり、原告ら五人はその取持ちをし、これに附随して相伴に預ったにすぎないものであったことは容易に判明したはずであり、このような実情を把握すれば、本件の構成要件該当性自体に重大な疑問が生じたことは極めて顕著である。

⑤ 原告は、池知から受け取った右三万円については、すべて預託の趣旨に従って費消し、残金がなくなったので、池知に対し、この領収書を交付しようとしたが、同人から既に改良区の帳簿上西峯の領収書があるので不要であると言われたために領収書を交付しなかったにすぎず、また、池知から受け取った五万円(公訴事実第二の(二))についても預託の趣旨に従って、うち二万五〇〇〇円を当時高知県耕地課課長補佐であった訴外山崎清民(以下「山崎」という。)に交付し、うち一万六四〇〇円を東京で費消し、帰庁後残金八六〇〇円を池知に返還した。

このように、原告は、池知から受け取った金員を精算のうえ残金を返還したり、使途を証する領収書を交付しようとしたものであり、更に、改良区の帳簿上にも右各金員の支出が明記されている。

従って、右事実を社会通念に徴すれば、右各金員の授受は預託と解されるのであって、野田検事がこれを贈収賄と判断したのは経験則、論理則に反するものである。

⑥ 原告は、昭和四六年一月に行われた東京における予算折衝の際にも改良区から三万円を受け取っているが、この件は不起訴処分になっており、このことと比照しても本件公訴の提起は奇妙な処理といわざるをえない。

3  (損害)

原告は、野田検事による違法な本件各公訴の提起によって、次のとおりの損害を被った。

(一) 逸失利益 一二九八万三〇〇〇円

原告は、昭和二八年、高知県職員となり、その後逐次累進を重ね、本件各公訴提起当時には高知県中央耕地事務所長の要職にあり、別表中の「通常勤務した場合支給されるべき給与等の額」欄記載のとおり、昭和四八年以降昭和五二年一二月末日までに合計金二三一七万〇七五〇円の給与、手当等の支給を受けることができたにもかかわらず、本件各公訴の提起により、その翌日から地方公務員法二八条二項二号に基づき、公訴の提起を理由とする休職処分に付されたため、右期間中には別表中の「現実に支給された給与等の額」欄記載のとおり、合計一〇一八万四四八八円の支給しか受けられず、別表中の「差額」欄記載のとおり、合計一二九八万六二六二円の得べかりし利益を喪失させられた。但し、各年の差額中一〇〇〇円未満の金額については請求しない。

(二) 精神的損害 五〇〇万円

原告は、右のとおりの公務員としての経歴を有するほか、住居において古くから篤農家としての名声を保ち、住民より尊敬されていたものであり、その高潔なる人格とともに前途に輝かしき経綸の実践を期待された有為の人材であったが、逮捕、勾留を前提とする本件各公訴の提起により、これがマスコミにまで大きく報道され、恰も原告自身職務の公正と清廉性を侵す破廉恥な行為に組したように宣伝され、その前途は完全に閉され、四年有余にわたり被告人、休職中の身としての生活を送ることを余儀なくされたのみか、無罪判決の確定により一応の復職は遂げたものの、昭和五三年三月三一日付をもって退職せざるをえない破目に陥れられ、終生忘却しえない恥辱と甚大なる精神的苦痛に曝されたのであり、この苦痛を償うには少くとも五〇〇万円を下らない額をもって相当とすべきである。

(三) 刑事事件の弁護料 三〇〇万円

原告は、前記のとおり違法な本件各公訴の提起を受けたが、公権力に対し正当な防禦をなし得ないので、弁護士岡林濯水、同氏原瑞穂 同横田聰の三弁護人に弁護活動を委任し、各人に対し、着手金五〇万円、成功報酬金五〇万円をそれぞれ支払った。この弁護料は検察官の違法な公権力の行使と相当因果関係を有する原告の損害である。

(四) 本件訴訟の弁護士費用 三〇〇万円

以上のとおり、原告は、本件につき合計二〇九八万三〇〇〇円の損害賠償請求権を有するものであるところ、法律的知識に暗く、かつ、被告の任意の支払いも期待できないため、止むなく原告訴訟代理人両名に訴訟を委任し、その手数料、報酬として右合計額の約一割五分に相当する三〇〇万円を支払う旨の合意をした。右手数料及び報酬は検察官の違法な公権力の行使と相当因果関係を有する。

4  (結論)

よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、損害金合計二三九八万三〇〇〇円及びうち八六万二〇〇〇円(昭和四八年の逸失利益)に対する不法行為の後である昭和四九年一月一日から、うち二六三万七〇〇〇円(昭和四九年の逸失利益)に対する不法行為の後である昭和五〇年一月一日から、うち三二〇万四〇〇〇円(昭和五〇年の逸失利益)に対する不法行為の後である昭和五一年一月一日から、うち三五〇万円(昭和五一年の逸失利益)に対する不法行為の後である昭和五二年一月一日から、うち五〇〇万円(精神的損害金)に対する不法行為の後である同年九月九日から、うち二七八万円(昭和五二年の逸失利益)に対する不法行為の後である昭和五三年一月一日から、うち三〇〇万円に対する不法行為の後である同年六月一日から、いずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める

2  同2について

(一) (一)は争う。

(二) (二)につき

(1) (1)は認める。但し、三万円の授受を贈収賄であると認定した理由はこれのみではない。

(2) (2)のうち、原告、西峯及び野々宮が捜査官に対し、公訴事実第一記載の三万円の授受が職務に対する謝礼の趣旨であったことを認める供述をしていること及びその際賄賂性に関して詳細、具体的な供述をしていることは認め、その余はすべて争う。

(三) (三)につき

(1) (1)の事実は認める。

(2) (2)のうち、原告及び池知が捜査官に対し、公訴事実第二の(一)及び(二)記載の三万円及び五万円の授受が職務に対する謝礼の趣旨であったことを認める供述をしていること、野田検事が設計変更に伴う実況見分を行っていないこと、原告が五万円のうち残金を返還していること及び改良区の帳簿に右各金員の支出が記載されていることは認め、その余は争う。

3  同3のうち、本件各公訴の提起と原告主張の損害との間の相当因果関係の存在は否認し、その余は知らない。

三  被告の主張

1  刑事事件について、結果として無罪の判決があったからといって、直ちに検察官の公訴提起が違法とされるものではなく、公訴提起の時点において、客観的に犯罪の嫌疑が十分にあり、有罪判決を期待できる合理的な根拠がある限り、公訴提起を違法とすることはできない。すなわち、検察官が当該事案の内容に照らし当然なすべき捜査を怠り、又は収集した証拠の評価についての検察官の判断が通常考えられる個人差を考慮に入れてもなおかつ行き過ぎで、経験則、論理則に照らして合理性を有しない場合にはじめてその公訴提起は違法とされるのである。

2  昭和四八年五月ころから、本件土地改良事業をめぐり、同工事の指導監督や窓口業務を担当している改良事務所の職員と特定住民との「黒い噂」がささやかれはじめたことから、所轄の高知県山田警察署(以下「山田署」という。)では、同県警察本部捜査第二課(以下「捜査二課」という。)の応援を得て内偵捜査を進めたところ、改良事務所の職員と特定住民との間に、隧道工事から生ずる残土の処理をめぐって贈収賄の容疑が浮かび上がったため、まず、改良事務所総務係長として用地事務を担当していた西峯に対し数回任意出頭を求めて事情を聴取した。その結果、西峯の自供から同人がその職務権限に属する事務処理に関し、特定住民から現金一〇万円を収受した事実が判明したため、同年七月三日、西峯を収賄容疑で通常逮捕する一方、改良事務所等を捜索し、証拠書類多数を押収した。そして、西峯に対し他にも同種の収賄事実があるものとみて余罪の追及をしていたところ、同人の自供から隧道工事など本件土地改良事業関係の主要工事を一手に引き受けていた柳生建設の現場責任者である野々宮から右工事の指導監督等に関連して、二回にわたり現金三万円あて合計六万円を収受した事実などが判明したので、同月一六日、野々宮を贈賄容疑で通常逮捕するとともに柳生建設本社などの捜索をし、関係帳簿等を押収して捜査を進めたところ、西峯及び野々宮の供述及び押収した右帳簿の記載などから、西峯が野々宮から収賄した一回目の三万円は、原告と共謀のうえ収賄した事実、更には改良区の会計帳簿を検討した結果、原告が、本件土地改良事業の主管課である高知県耕地課技術担当課長補佐であった山崎とともに、農政局や農林省へ次年度事業計画に伴う国庫補助金の予算折衝のために出張するに際し、池知から出張先での交際費名下にしばしば金員を収賄していた事実などが判明したため、原告を同年八月一日、山崎を同月二五日、それぞれ通常逮捕した。そして、山田署と捜査二課は、所要の捜査を遂げたうえ、原告を単純収賄罪で身柄拘束のまま高知地方検察庁に送致した。

送致を受けた右検察庁は、野田検事を担当(主任)検察官とし、野田検事は、勾留及び勾留期間延長を得て右事件につき捜査を遂げ、上司の決裁を受けたうえ同月二二日、公訴事実第一及び第二の(一)の各事実につき、単純収賄罪で高知地方裁判所に公訴を提起した。

更に、山田署と捜査二課において余罪捜査を行ったところ、公訴事実第二の(二)の事実が判明したので、同年九月五日高知地方検察庁へ追送致した。

野田検事は、右追送致を受けた事件について捜査を遂げ、同年一〇月二日、上司の決裁を得て同事件につき高知地方裁判所に追起訴した。

なお、公訴事実第二の(一)の事実については、同年一二月六日、山崎と共謀して収賄した旨訴因変更した。

3  野田検事による本件各公訴の提起は、以下のとおりなんらの過失もなく適法である。

(一) 野田検事をはじめとする捜査官は、原告並びに西峯、野々宮及び池知らの関係人を取り調べ、原告の受領した前記各金員はいずれも職務に関する謝礼であることを原告らが認識していたこと、右各金員授受の事実があったこと及び右授受の具体的状況を述べた各供述調書を作成し、更に、改良事務所の所掌事務等についての調査を行い、原告の職務を確定する等証拠資料を収集したうえ、野田検事において、右収集した証拠を検討した結果、原告の行為は、職務に関して賄賂を収受した、すなわち単純収賄罪に該当すると判断し、その立証も右証拠により十分であり、起訴すれば有罪判決を得られると信じて本件各公訴を提起したものである。

本件各公訴にかかる刑事事件は、結果的に無罪となったが、これは、裁判官と検察官との証拠に対する評価の差異によるもので、この評価の差異は、その個人差及び職責の違いから生じたものともいえるが、無罪判決は、公判廷における原告らの口裏をあわせた証言にひきずられたものであって妥当性を欠くものである。

(二) 原告及び関係人らは、いずれも検察官に対し、本件各公訴事実記載の各金員が賄賂である旨供述し、しかも、右各供述は、原告らが警察で述べた供述に副うものであった。

たしかに、原告らの右各供述は、原告主張のとおり、右各金員の授受の目的を明示していないが、隠秘性をもつこのような金員の授受は、その授受の目的を明示することなく、もっともらしき名目のもとに行われるのが通常である。

そして、また、原告らは、いずれも右各金員を原告において要求し、野々宮及び池知と原告との間には職務に関連する以外個人的交際はなかった旨捜査官に供述しているところ、職務上指導監督をする立場にある者から、本来支出する必要のない金員を要求され、それに応じて金員を提供した場合に、右金員の提供には職務に対する謝礼の意味があると考えることが自然であろう。今日の社会において利害関係の伴わない金員の支出はいわゆる寄附ぐらいであるが、右寄附等を除く謝礼的な意味を有する金員の支出がすべて贈収賄につながるとはいえない。そこで、右金員の授受が日常の感謝的意味を有する社交儀礼的な支出であるかどうかを検討すべきであるが、本件金員の授受は、正に職務権限を有する者からの正当な理由に基づかない不当な要求に従ってその授受がなされているのである。

また、原告は、昭和四八年八月一日逮捕されたが、その直後から弁護人を選任して防禦態勢を整えていたのであるから、かかる状況のもとで原告が主張するような安易な自供がなされることはありえず、原告の捜査段階における自供はいずれも十分に信用性を有するものである。原告は、原告らの捜査官に対する自供が捜査官の理詰めによる追及や強引な誘導によりなされたもので、その信用性に疑問があったと主張するが、捜査官の取調べにおいて、原告ら関係者に供述を強制したり、圧力を加えたりなどした事実は全くなく、むしろ、捜査官は当時高知県の幹部であった原告の収賄事件の捜査にあたって、その地位を考慮して特別の配慮をして慎重にことをすすめたものである。そして、原告は、捜査段階から主張は主張として述べる反面、自己及び西峯ら関係者に不利益と思われる事柄でも真実はその通り述べるという供述態度を示していたからこそ捜査官は原告の自白を信用したのであってその信用性の評価についても過失はない。

原告は、捜査段階で自供した理由として、警察官から否認を続ければ、事件が県上層部に波及するなどと言われたこと等をあげているが、自供すると起訴され、ひいては休職処分を受けることもあり得る等の不利益を受けることは当然わかっていたはずであり、また、原告が自供することによって、県上層部、農林省関係者に事件が波及することはあり得ても、その逆に自供しないことによって事件が直ちに県上層部や農林省関係者に波及するという事態は考えられないことである。むしろ、身柄を拘束され、取調べを受けることによって、自己の行為を反省し、自供するに至ったとみるべきである。

(三) 公訴事実第一について

(1) 原告は、野々宮に対し要求した三万円につき、原告らが接待を受けた飲食代金を役所の公金で立替えて支払ったかのような主張をするが、役所の公金をもって第三者たる私人が要した費用を立替えて支出することはありえないし、仮に立替払をしたとすればそれは公金の横領である。しかも、原告と野々宮の関係は公務員とその傘下にある工事請負業者であって、その事業目的が公共事業であっても野々宮が勤務する柳生建設にとっては、それは営利目的の工事であるから、このような関係にある者の接待費を立替払できる筋合いのものではない。従って、原告の右主張は理由がない。

(2) 原告は、捜査段階から三万円を受け取ったのは、野々宮からではなく、西峯からである旨供述しているが、西峯、野々宮ともに野々宮が原告に三万円を手交した旨一致した供述をしており、その供述に不合理な点が見当たらない以上、検察官が右両名の供述を信用するのは捜査官として当然のことである。

(3) 原告は、右金員の授受が公務員が職務上の地位を利用し、不正な報酬を得て私腹をこやすというような典型的な賄賂事犯における場合とかなり趣を異にしていることからその授受が果して刑罰をもって臨むべき程の職務に関する不正の報酬であるといえるかという根本的な疑義が当初から存在したと主張するが、非典型的な賄賂事犯であっても、もちろん賄賂罪は成立するし、本件における右金員は、必ずしも私腹をこやしたものではなくとも、原告の政治力発揮のために費消されているのであり、右のような金員の使途はその量刑(情状)に影響を及ぼしても、賄賂罪の成否には関係がないのである。

(四) 公訴事実第二の(一)及び(二)について

(1) 原告は、池知から受け取った各金員について、改良区がなすべき予算獲得運動(陳情行為)を代行するにつき預託された費用であるなどと主張しているが、陳情行為というものは、当事者自らが行ってこそ意義のあるもので、誰に代ってやってもらってもよいなどという性質のものではない。本件について言えば、改良区の役員が組合員を代表して農政局あるいは農林省の担当者に面談し、陳情を行ってこそ改良区組合員の熱意が相手方に伝わり、陳情行為としての価値を生ずるわけで、原告ら県職員に代行を依頼したところで、原告らが県職員としての立場と改良区の代行者としての立場を兼ねて予算折衝に臨んでいることなど陳情の際に明示されるわけではないので、改良区組合員の熱意が農政局あるいは農林省の担当者に伝わるはずがないことは明らかであって、かかる陳情行為の代行などというのは全く意味のないものであって、これまた弁解のための弁解にすぎない。

これに対し、原告の検察官に対する自供の内容は極めて自然であり、しかも、保釈後の検察官の取調べに対しても、賄賂性及びその認識を自供し、「預った」旨の弁解を一切していないことからも、右自供は十分に信用しうるものである。

(2) 原告は、本件土地改良事業の実質的な事業主体はその受益団体である改良区であり、同事業の予算獲得運動は改良区の行うべきものであるのに、野田検事は、この点について捜査を怠った旨主張するが、土地改良事業を行う県は、特定の土地改良区の利益を離れた国土資源の総合的開発及び保全等という公的目的(土地改良法一条)のもとに土地改良事業を行うのであり、結果的に利益が土地改良区に帰属するからといって、原告の行う予算要求ヒヤリング事務が右公的目的ないし公務性を失うものとは到底考えられず、原告の右主張は失当である。

(3) 原告は、改良区に対する設計変更等の便宜取扱いがなかったにもかかわらず、野田検事は、この点について裏付け捜査等を怠り、設計変更等の便宜取扱いがあったとして公訴を提起した過失がある旨主張するが、改良区に対する便宜取扱いがあったことは明らかであり、また、捜査段階において、便宜取扱いを依頼した側(池知)と依頼された側(原告)の両当事者がいずれもこれを認める一致した供述をし、しかも、原告は、設計技術面に自信を持っている人物であるから、野田検事がその供述を信用したとしても何ら非難される点はない。

(4) 原告は、池知から収受した三万円につき、うち二万五〇〇〇円を露月における宴会に費消したが、同宴会は農政局係官の接待であり、検察官が右宴会の内容を究明すれば、これが慰労会ではなく接待であると認定できたはずであると主張する。

しかしながら、捜査段階では、原告は、農政局係官を招待し、更に岡山に出張中である四人の部下の慰労の意味で露月において飲食し、その費用として二万五〇〇〇円を支払った旨自供し、訴外野老山幸三(以下「野老山」という。)及び同古味俊(以下「古味」という。)も同趣旨の供述をしており、しかも、右宴会の内容は、岡山での予算折衝終了後、出張した県職員のすべてが出席し、すき焼鍋二個ぐらいをぐるっとかこんだというのであるから、かかる宴会の趣旨がいかなるものかは出席した原告ら県職員が最も良く認識しているはずであり、従って、その供述によって宴会の趣旨を判断するのは当然のことである。

(5) 原告は、池知から供与された金員が改良区の帳簿に記載されている点をとらえて賄賂性を否定するが、すべての賄賂罪において、賄賂の資金源が秘匿されているのではなく、本件の場合、もし改良区の帳簿に記載せずに費消したならば、池知あるいは改良区の役員が業務上横領といった刑事責任も含め、その責任を追及されるおそれがあり、池知としては、使途状況を明記する必要があったし、むしろ明記せざるをえない立場にあったわけで、改良区の帳簿に記載されているからといって、そのこと自体なんら賄賂性を認定する際の障害となるものではない。

また、原告は、池知から収受した五万円につき、残金を改良区に返還しているが、右五万円のうち二万五〇〇〇円を山崎らがどのように費消するつもりであるのか全く確認することなく山崎の要求するまま同人に手交し、更に原告、県職員及び池知の飲食代として四四〇〇円、原告及び県職員の食事代として八〇〇〇円ないし九〇〇〇円を費消していることからみて、右五万円を自己の金員として自由に費消したことは疑う余地がなく、残金を改良区に返還したとの点は単に情状に影響するにすぎない。

なお、原告は、公判廷において、部下の慰労には公金は使わず自己の金を使う旨明言しており、してみると、野々宮及び池知から収受した金員の各一部を自己の飲食代及び部下の慰労に費消したという事実は、とりもなおさず原告が右各金員につき自己が収受したもので、かつ、自己の金員であることを認識していたことを物語っているといえる。

(6) 原告は、昭和四六年一月の東京における予算折衝の際、改良区から三万円を受け取った件が不起訴処分になっていることをとらえて、処分に一貫性がない旨主張するが、右事件を起訴しなかったのは、その使途、残金の返還状態から違法性が薄いと判断したためで、原告の右主張は、刑事訴訟法が起訴便宜主義を採用し、起訴、不起訴の判断を検察官に委ねている趣旨を理解しない暴論である。

4  仮に本件各公訴の提起が違法であるとしても、本件各公訴の提起と原告主張の損害との間には相当因果関係はない。

(一) 原告は、本件各公訴を提起されたため、地方公務員法二八条二項二号により休職処分を受けたことを理由に、当然得たはずの給与との差額分を損害としてその賠償を求めている。

しかし、右法条は、職員が起訴された場合には、任命権者の裁量により、その職員を休職処分に付することができるという裁量規定であって、起訴されることが直ちに休職処分と結びつくものではなく、従って、原告の主張する右損害と本件各公訴の提起との間に相当因果関係は存在しない。

(二) また、原告は、本件各公訴の提起がマスコミによって報道され、そのため退職せざるをえなくなったことにより精神的苦痛を被ったとしてその損害の賠償を求めている。

しかし、マスコミによる報道は、被告の関知しないことであり、また、原告が退職した時期は無罪判決確定後のことであるから、本件各公訴の提起をマスコミが報道したことと原告の退職とは無関係というべきであり、また、原告は、退職当時五七歳にも達していたことからみて、原告の退職は年齢的事由によるものというほかなく、従って、原告の主張する右損害と本件各公訴の提起との間に相当因果関係は存在しない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そして、本件各公訴の提起が国家賠償法一条一項所定の「国の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて」した行為に該当することは明らかである。

ところで、刑事訴訟法は、裁判官による証拠の評価につき、自由心証主義を採用していることから、各裁判官毎に証拠の証明力の評価に差異が生じ、同一の証拠によっても形成される心証の態様、強弱の程度についてもある程度の個人差が生じることは避けられない。そして、裁判官と検察官との間においても、立場の相違から証拠の見方や心証の強弱に差異が生じることがあり、また、起訴時と判決時とでは証拠が異なることから判断に差異が生じる可能性も否定できない。従って、刑事事件において、結果として無罪の判決が確定したということだけで、直ちにその公訴の提起が違法であったということはできない。

しかしながら、他方、一旦公訴を提起されれば、結果的に無罪となったとしても、国家から犯罪の嫌疑をかけられて訴追されたことによって、その被告人に拭い難い汚点と苦痛を与えることも否定できないところである。

従って、検察官が公訴を提起するについては、当該事案の内容に照らし、なすべき捜査を実施し、これによって得た証拠を正当に評価して有罪判決を得られるとの心証を得ることを要し、検察官のなした証拠の収集、評価及び有罪判決が得られるとの判断が経験則、論理則に照らして首肯できない場合には違法となると解すべきである。

そこで、以下右の見地から本件各公訴の提起が違法であるか否かについて判断する(なお、以下掲記する各書証はいずれも成立に争いがないので、書証の番号のみを記載することとする。)。

三  (本件各公訴が提起されるに至った経緯について)

前記一記載の当事者間に争いのない事実に《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

昭和四八年五月ころから、本件土地改良事業をめぐり、改良事務所の職員と特定住民との「黒い噂」がささやかれはじめたことから、山田署と捜査二課において内偵捜査を進めたところ、改良事務所総務係長として用地事務を担当していた西峯と特定住民との間に、隧道工事から生ずる残土処理をめぐって贈収賄の容疑が浮かび上がった。そこで西峯から事情を聴取したところ、同人が、その職務権限に属する事務処理に関し、特定住民から現金一〇万円を収受した事実が判明したため、同年七月三日、西峯を収賄容疑で通常逮捕するとともに、改良事務所等を捜索し、証拠書類を押収した。そして、西峯に対し、他にも同種の収賄事実があるものとみて余罪の追及をしていたところ、柳生建設の現場責任者である野々宮から本件土地改良事業関係の工事の指導監督等に関連して、二回にわたり現金三万円あて合計六万円を受け取った旨供述したので、同月一六日、野々宮を贈賄容疑で通常逮捕するとともに、柳生建設本社などの捜索をし、関係帳簿等を押収して捜査を進めたところ、西峯及び野々宮の供述及び押収した右帳簿の記載などから、西峯が野々宮から受け取った一回目の三万円は、原告と共謀のうえ受け取ったものであることが判明し、更に、改良区の会計帳簿を検討した結果、原告が農政局や農林省へ次年度事業計画に伴う国庫補助金の予算折衝のために出張するに際し、池知から、出張先での交際費名下に金員を受け取っていた事実などが判明した。そこで、高知県知事あてに改良事務所の所掌事務などについて照会し、その回答書を得るなどしたうえ、同年八月一日、原告を通常逮捕し、高知地方検察庁に送致した。同検察庁は、野田検事を担当検察官とし、野田検事は、勾留及び勾留期間延長を得て捜査を遂げ、上司の決裁を受けたうえ同月二二日、公訴事実第一及び同第二の(一)(但し、公訴事実第二の(一)については、原告の単独犯行によるものとしていた。)の各事実につき、単純収賄罪で高知地方裁判所に公訴を提起した。

更に、山田署と捜査二課において原告の余罪捜査を実施したところ、公訴事実第二の(二)の事実が判明し(同月二五日、山崎を通常逮捕)、同年九月五日、同事実につき同検察庁に追送致した。野田検事は、同事実について捜査を遂げ、同年一〇月二日、上司の決裁を得たうえ同裁判所に追起訴した。

そして、検察官は、公訴事実第二の(一)の事実について、同年一二月六日、山崎と共謀して収賄した旨に訴因変更をした。

四  (公訴事実第一について)

1  野田検事が、公訴事実第一の事実につき公訴を提起するまでに収集していた主要な証拠及びその内容について検討する。

(一)  原告の司法警察員及び野田検事に対する供述調書

《証拠省略》によれば、次の内容が記載された原告の司法警察員及び野田検事に対する供述調書が作成されていたことが認められる。

「昭和四六年一月一一日、山崎から電話で『昭和四六年度農林省予算要求ヒヤリングのため東京に出張して下さい。その際中四国九県の懇親会があるので、改良区も出席するよう連絡して下さい。』と言われた。そこで、同懇親会に出席したり、農林省の役人を接待したり、また、一緒に出張した部下の県職員を慰労したりする必要が生じるかもしれないと考え、同月一六日ころ、西峯に対し、『東京へヒヤリングに行くのに二、三万円欲しい。なんとかできないか。無理をするには及ばんぜよ。』と言ったところ、同人は、『今は改良事務所にはそのような金をひねり出す余裕はない。』旨答えたが、次いで『宮地で飲んだのがうちの事務所の名前で付いておるかもしれん。柳生建設と一緒に飲んだのだから、それをうちが払うということにして野々宮に金を出して貰いましょうか。』と言った。たしかに昭和四五年一〇月二〇日ころ、野々宮からしつこく誘われ、西峯に電話させて宮地で宴会をしたことはあったが、たとえ西峯が申し込んで右宴会の席を構えたといっても、宴席でサービスをする仲居や女将に対し当然柳生建設の名前が出、柳生建設が私達事務所の者に御馳走するものであることは店の人にもわかるはずであるし、また、信用第一の民間会社が宴会の終ったあと、飲食代金を知らん顔をしたままで帰ることは考えられず、更に昭和四五年一〇月二〇日ころから昭和四六年一月一六日ころまでの間には三か月程経過しており、その間には、年末のボーナス時期も入っているので、その間柳生建設が飲み代を払わずにそのままにしておくとは考えられない。しかも、飲み代には当然端数があるのに、これを三万円というきっちりした額で飲み代を払うからと言ってもすぐにばれてしまう。従って、野々宮に対し、宮地で一緒に飲んだ時の飲み代を払うからと言っても、それが金を出させるための全くの口実であるか、切っ掛けを与えるにしかすぎないことはわかっていたが、それまでに、私や西峯の手により、地区住民との補償問題を解決したり、隧道工事等により生ずる残土処理の場所を見つけたり、飯場や現場事務所の用地を借りる交渉をしたりしたために柳生建設は工事を進めることができるようになったのであるから、柳生建設が私達事務所の者に対し、感謝の念を持っていることがわかっていたし、今後も柳生建設が工事を進めるうえで住民との間で新たな補償問題が起きた場合、私や西峯の世話にならなければならず、その際できるだけ柳生建設に有利に解決して貰い、また、新たに用地取得の必要が起きた場合には、私らによろしく取りはかって貰いたいとの気持を持っていた。そして、金額も三万円でそう多額でもないので、西峯が前記のとおり要求すれば、野々宮は三万円位なら出すと思って西峯の提案に賛成し、西峯に要求させることにした。そして、翌一七日ころ、西峯が改良事務所事務室で、『貰って来ました。』と言って現金の入った様子の茶色がかった封筒を差し出したので、それを受け取ってみると、一万円札三枚が入っていた。そして、右三万円を持って昭和四六年一月一八日から同月二二日までの農林省への出張に行った。そして、東京出張から帰って来たあと、一度も宮地に対し昭和四五年一〇月二〇日ころの宴会の飲み代を払おうとしたことはなく、また、西峯に早く宮地へ行ってこの飲み代の額を確かめて来いとか、早く金を都合して支払えと命じたこともない。」

(二)  西峯の野田検事に対する供述調書

《証拠省略》によれば、次の内容が記載された西峯の野田検事に対する供述調書が作成されていたことが認められる。

「昭和四六年一月一〇日ころ、原告から『四六年度のヒヤリングで東京へ出張せんといかんが、その際向うで農林省の係官を接待せないかんが、その金はあるろうかのう。』と言われた。その当時改良事務所の予算の食糧費も年度末でなかったが、なんとか捻出しようと考えたところ、昭和四五年一〇月ころ、柳生建設の野々宮から招待されて宮地で飲食した際、私が原告の命により右饗応の席を構えさせたことを思い出し、原告に『あの時の飲み代を払うということで三万円柳生建設から貰ってそれを流用しましょう。』と言うと、原告は、『そうしよう。そうしてくれるかよ。』と言って賛成した。しかし、宮地での宴会は柳生建設からの招待であって、私達が支払うべきものでもなく、また、すでに柳生建設が飲食代金を支払っているかも知れないと思ったが、とにかく金をつくりたい一心であったのでこの宴会を口実に金を出して貰おうと思った。そこで、柳生建設の隧道工事現場事務所に電話をすることにしたが、既に柳生建設のほうで右宴会の代金を支払っていたら恥をかくことになるので、宴会を口実にすることはやめ、野々宮に対し、『急に金が要ることができて困っているが、三万円位構えてくれんか。』と言うと、同人は、『それではすぐ構えます。』と答えた。私がことさらに金を出させる口実として宴会の代金を払うからと言わなかったのは、昭和四五年一一月ころ、私が努力して地主と交渉してやって、柳生建設は隧道工事のための現場事務所兼飯場用地を借りることができていたし、同じころ、柳生建設が隧道工事で使用するハッパの使用許可申請書を県の商工課へ出すに際し、改良事務所長である原告の承認の印を貰ってやったりしていたし、また隧道工事が始まる前に、野々宮に対し、工事中事故が発生して住民に損害が生じ、その補償問題が生じた場合には勝手に交渉して解決せず、必ず改良事務所に報告して補償事務の担当者である私の仲介ないし立会のもとに相手方と交渉するように申し渡しており、昭和四六年一月の時点においても、なお将来工事が続く限り事故が起こって私の手をわずらわせて補償交渉を行わなければならないことも予想されたので、私が要求すれば、野々宮はこれに応じてくれると考えていたからである。原告も宮地で飲んだ分をうちで払うということは全く口実にすぎないということはよく知っていた。そして、野々宮に要求した翌日ころの午前一一時ころ、野々宮が土地改良事務所にやって来て、『昨日お話のあったお金を持って来ました。』と言ったので、『すみませんが所長に渡してくれませんか。』と言うと、野々宮は所長室に入って行った。すぐに私も原告に呼ばれて所長室に入ると、所長室で原告と野々宮が応接セットに向い合って腰掛けており、原告が私にハトロン紙の封筒に入った金のような物を差し出すようにして、『野々宮さんが金を持って来てくれた。これを封筒に入れとうぜや。』と言ったので、私は、その金を原告から受け取りながら、野々宮に『どうもありがとうございました。御無理を申しあげまして。』とお礼を言った。その後すぐに右金員を役所の封筒に入れ替えて原告に渡すと、原告はポケットかどこかにしまっていた。そして、野々宮から受け取った右金員は、原告が出張先で全部使ったもので、余った分を戻して貰ったことはない。また、原告は、出張から帰ってのち現在まで、一度も私に対し、昭和四五年一〇月の宮地での宴会の飲み代がどうなっているかと聞いたり、お前の手で早く宮地への支払いをせよと命じたことはない。」

(三)  野々宮の司法警察員及び野田検事に対する供述調書

《証拠省略》によれば、次の内容が記載された野々宮の司法警察員及び野田検事に対する供述調書が作成されていたことが認められる。

「昭和四五年一一月ころ、西峯に隧道工事によって生じる残土の捨て場所を指定して貰った。これはもともと県側で指定すべきものではあるが、これにより工事を進めることができ、柳生建設の者として非常に助かった。また、同じころ、隧道工事用の柳生建設の現場事務所兼飯場用地を借りるについても西峯に地主との交渉をして貰った。更に、隧道工事をやるについてはダイナマイトを使用しなければならないが、これには県の商工課に火薬使用の申請をし、その許可を得なければならず、この申請書には改良事務所長の確認印が必要である。西峯は、この申請書を私から受け取り、原告の所へ持って行って判を押して貰ってくれた。このようなことで、西峯に対し非常に大きな感謝の念を抱いていたところ、昭和四六年一月一〇日ころの午前中ころ、西峯から電話があり、『急に金が要ることができて困っているが、三万円程構えてくれんか。』などと言われた。私は、これまでのお礼をしたいという気持と将来柳生建設が住民に補償しなければならないような事故が起った場合、西峯に柳生建設のために有利に取り計らって貰いたいし、監督に手心を加えて貰いたいという意味で承知したものである。そこで、翌日午前八時ころ、柳生建設の本社に行き、当時の工務部次長北村工基に『改良事務所の西峯さんが三万円都合つけてくれと言っておるので出してくれませんか。』と言ったところ、同人は、『よし。管理課に話をしてやるので経理から貰って行きなさい。』と言った。そして、経理課で三万円を受け取って、会社名の印刷のある茶色の小封筒に三万円を入れて、同日午前一一時ころ改良事務所に行った。そして西峯のところへ行き、『昨日お話のあったお金を持って来ました。』と言うと、同人は、『所長に渡してくれませんか。』と言うので、この時初めて原告と西峯の二人が金の必要に迫られて私に金の要求をしたことがわかった。しかし、原告は、改良事務所の最高責任者として柳生建設の工事全般に対して指導、監督、検査の権限を持っており、また、西峯の用地や補償の権限に関しても指揮命令権を持っているので、原告の機嫌をとっておかなければ、今後工事をやりにくくなるし、また、原告に対してもこの当時までにいろいろお世話になったことについて感謝の念を持っていたし、将来も便宜な取り扱いをして貰いたいという気持を持っていた。そこで、所長室に入って原告と応接セットで向い合い、『いつもお世話になります。西峯さんからお話のあったお金を持って来ました。』と言って、三万円の入った封筒を応接セットのテーブルの上に置いた。そして私が帰ろうとすると、原告が西峯を呼び入れ、同人に『野々宮さんがお金を持って来てくれました。』と言った。すると西峯が私に『どうもありがとうございました。御無理を申しまして。』と言った。」

(四)  その他の証拠

前記三で認定したとおり、捜査官において、高知県知事に対し、改良事務所の所掌事務について照会し、同知事から回答書を得、また、改良事務所及び柳生建設本社などから関係帳簿等を押収していた。更に、《証拠省略》によれば、捜査官において、右三万円の出所について柳生建設の当時の工務部次長北村工基及び経理部長岡田武の各供述調書を、柳生建設の飯場建築用地の借受けについて賃貸人鍵山彦次郎の供述調書をそれぞれ作成していたことが認められる。

2  右1認定のとおり、公訴事実第一の事実について公訴提起がなされるまでに、野田検事のもとには前記内容の原告、西峯及び野々宮の各供述調書及びその他前記各証拠が存在した。

そして、右各供述調書の内容は、右三万円が原告に渡るに至った経路(野々宮から直接原告に手渡されたか、一旦西峯に手渡され、西峯から原告に手渡されたかという点)及び原告が出張から帰って残金を西峯に返したか否かという点について食い違いがあるほか概ね一致し、①原告及び西峯において、柳生建設の工事により地区住民に損害が発生した際に、地区住民との補償問題の解決にあたったり、柳生建設の飯場及び現場事務所用地を借りる交渉などをしていたこと、これに対して野々宮が感謝の気持を持っていたこと、②原告が野々宮から三万円を受け取ったこと(もっともその経路については右のとおり食い違いがある)、③原告、西峯及び野々宮がいずれも右授受につき賄賂の認識を有していたことの各事実を認める内容となっている。

3  ところで、原告は、原告らの捜査官に対する前記四1記載の各供述につき、これらは捜査官による強力な誘導尋問及び理詰めによる追及(以下これらを「誘導、追及」ともいう。)によってなされたもので信用性に疑問があった旨主張し、これを推認させる事由として①右各供述の内容は謝礼(賄賂)の趣旨であることを積極的に表明して授受したというものではなく、単に明示されない心情を言っているにすぎないものであること、②果して本人が積極的に供述したのか疑問に思われるほどに詳細、具体的な賄賂性に関する供述があること、③捜査官がことさらに関係者の供述を一致させようとした形跡のあること、④原告は、捜査官から否認を続ければ、県上層部、更には農林省関係者にも捜査の手が伸びることを示唆され、かつ、所長として責任をとれとまで言われたことをあげている。

そこでまず、右①について検討するに、なるほど原告らの捜査官に対する各供述内容は、謝礼(賄賂)の趣旨であることを積極的に表明して授受したというものではないが、賄賂かどうかは公務員の職務権限、金品の授受の前後の状況等から当事者間において金品の授受の趣旨が賄賂であることを理解しうるものであればよいのであり、原告らの捜査官に対する前記各供述は、原告及び西峯の職務権限、柳生建設及び野々宮との関係、三万円を授受するに至った前後のいきさつ等から三万円が賄賂の趣旨であることを相互に認識していたというのであり、これらの供述は関係各証拠と符合するものであって不自然な供述ではないのであるから原告らの捜査官に対する前記各供述が誘導、追及によってなされたものと推認することはできない。

次に、右②について検討するに、なるほど前記四1(一)、(二)で認定したとおり、原告及び西峯の捜査官に対する各供述調書中には、宮地での飲食代として受け取ったのか、それとも賄賂として受け取ったのかの点について、詳細、具体的な供述内容が記載されているが、賄賂性の認識の有無は、贈収賄事犯において最も重要な事項の一つであるうえ、授受のあった当事者の内心にかかる事項であり、しかも、西峯から原告に対してなされた提案は、「宮地での飲食代が改良事務所の付けになっているかもしれんので、それを払うことにして野々宮に金を出して貰いましょうか。」というのであるから、捜査官において、右三万円の授受の趣旨が宮地での飲食代の趣旨であったか賄賂の趣旨であったかについて、詳細、具体的な供述を求めることは当然であり、これらの各供述を他の関係各証拠と対比して仔細に検討してみても不自然、不合理な点は見当らない。従って、原告らの捜査官に対する前記各供述が詳細、具体的であるからといって、これが捜査官による誘導、追及によってなされたものであると推認することはできない。

そして、右③について検討するに、原告は、関係人の調書の記載中に「捜査官がことさらに関係者の供述を一致させようとした形跡がある。」と主張するが果してどの点についての供述を指すのか必ずしも明確でないうえ〔原告に対する刑事判決書には、原告の右主張と同旨の判示がなされているが、同判決においても、どの点をもって「捜査官がことさらに関係者の供述を一致させようとした形跡がある。」のかという点について明らかでない。〕、《証拠省略》に照らせば、捜査官がことさらに関係者の供述を一致させようとした事実があったとは認められない。

更に、右④について検討するに、甲第一号証の一(原告の刑事第一八回公判における供述)中には「中島刑事から『あなた方が手を叩いて拍手喝采するようなことがあるぞ。』と言われた。」との原告の供述部分があり、また、原告本人尋問の結果中には「警察官から否認をしていたら、県上層部、農林省関係者の方へ捜査が及ぶことをにおわされたことがあった。」「警察官から『所長として責任をとれ。』と言われたために警察官に意に反する供述調書を作らせた。」旨の供述部分がある。また、甲第三四号証によれば、野田検事は、原告の保釈請求について、裁判所から意見を求められたのに対し、「本件起訴事実は世に謂わゆる物部川土地改良事業汚職の一環を為すもので本件起訴事実のみひとり離れて別個に存在するものではないところ、これら一連の事犯はいまようやく捜査の緒についたばかりのところで、将来は柳生建設の工事担当重役その他の上層部や県本庁の当時の課長さらにはそれ以上の幹部にまで捜査の手が波及するは必至の形勢にあり……。」との意見を記載していることが認められる。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、原告は、逮捕されて間もなく弁護人を選任していることが認められ、また、《証拠省略》によれば、原告は、昭和四八年八月二九日保釈により釈放された(この事実は当事者間に争いがない。)が、その後同年九月一三日、野田検事に対し、前記四1(一)で認定したそれまでの司法警察員及び野田検事に対する各供述調書中の三万円の授受の趣旨その他重要な部分についての供述内容を変更することなく、むしろ右供述内容を前提として右三万円の使途についてより詳細な供述をしていることが認められる。また、原告は、その本人尋問において、「検事から否認を続けていると県上層部等に捜査が波及すると告げられたことはなかった。」と供述している。更に、一般的に、贈収賄事犯において、下位にある者が自白したことによって、その上部の者に捜査が及ぶことはあっても、逆に下位にある者が否認したことによってその上部の者に捜査が波及するとは考えられない。従って、これらの事情に《証拠省略》を併わせ考慮すると、捜査官から誘導、追及があった旨の前記甲第一号証の一中の供述部分及び原告本人尋問の結果中の供述は措信できず、また、甲第三四号証の前記記載部分によって原告の司法警察員及び野田検事に対する各供述が捜査官による誘導、追及によりなされたものと推認することはできない。

なお、原告は、原告、西峯及び野々宮の捜査官に対する各供述調書の信用性について争うので、更にこの点につき、同供述調書中の供述と原告本人尋問の結果中の供述ないし証人西峯徳治、同野々宮貞直の各証言並びに原告、西峯及び野々宮の刑事裁判における被告人としての供述ないし証言(以下「刑事公判廷における供述」という。)と対比して検討する。

原告は、その本人尋問において、右三万円を受領したことについて、これは西峯から「前に飲んだことで柳生建設から貰える金がある。」という提案を受け、これを以前宮地で柳生建設と一緒に飲食した際の飲食代金を支払って貰うものと理解して賛成し、西峯が野々宮から受け取ったのを改良事務所の金だと思って西峯から受領したものであると供述し、また、《証拠省略》によれば、原告は、刑事公判廷においても右供述と同様の供述をしていることが認められる。

しかしながら、《証拠省略》によれば、柳生建設は、本件土地改良事業の請負業者であり、他方、原告と西峯は、その指導、監督をする立場にある高知県職員であり、しかも、宮地での宴会は、柳生建設の招待による右請負工事の着工祝の宴会であったことが認められ、右事実関係に照らせば、かかる宴会の飲食代金を柳生建設が支払わないまま改良事務所ないし西峯の付けにして放置しておくとは到底考えられず、右供述はにわかに措信できず、むしろ、前記四1(一)で認定したこの点に関する原告の司法警察員及び野田検事に対する供述調書中の供述のほうが経験則に合致し、合理的であるといわなければならず、しかも他の関係人の捜査官に対する各供述内容と符合し、十分信用できるものである。

次に西峯の野田検事に対する供述調書の信用性について検討するに、甲第三号証(刑事公判廷における証人西峯徳治の証言調書)及び同第五号証(被告人西峯徳治の第一四回公判における被告人質問調書)によれば、西峯は、刑事公判廷において、「右三万円は協力金ないし借金として受け取ったものであり、野々宮から原告に手渡され、自分は原告から受け取った。原告から残金は受け取っていない(但し、甲第三号証中には釣り銭を貰ったものと思うとの供述がある。)。捜査官に対する供述調書は受け取った趣旨が違うと言っても聞き入れてくれなかった。」旨供述していることが認められ、また、証人西峯徳治の証言中には「右三万円は借りたものであり、私が野々宮から受け取り原告に渡した。残金は原告から受け取った。警察官は私の言うことを聞いてくれないし、警察で言ったからいくら検事の前で言っても駄目だと思って、『はい。そうです。』とそのままになってしまった。」との供述がある。

右のように、西峯の刑事公判廷における供述及び証言は、三万円を受領した趣旨及びその経路について変遷があって前後に一貫性がなく、また、同じ刑事公判廷における供述の中でも、被告人質問中の供述と証人としての証言との間においても原告から残金の返還を受けたか否かの点について食い違いがある。これに対し、前記四1(二)で認定した野田検事に対する各供述調書の内容は、他の関係証拠と符合して一貫性があり、合理的であって十分信用できるものである。

更に、野々宮の司法警察員及び野田検事に対する供述調書の信用性について検討するに、甲第四号証、同第六号証の一、二によれば、野々宮は、刑事公判廷において、「右三万円は寄附の趣旨で西峯に渡したものであり、捜査官に対する供述調書は捜査官から押しつけられて強引に作成されたものである。」旨供述していることが認められ、証人野々宮貞直の証言中にも三万円を交付した趣旨の点を除き、その他については刑事公判廷と同旨の供述部分がある。

しかしながら、三万円を交付した趣旨について、右証言中では「何の金やら分からんが渡した。」、あるいは「後で返してくれるかもしれんと思っていた。」との供述をしており、それ自体あいまいであるばかりでなく、刑事公判廷と異なる供述をしている。また、右三万円の出所についても、右甲第四号証、同第六号証の一及び右証言中では手元にあった現場経費から出したとの供述部分があるが、《証拠省略》に照らせば右供述部分は措信できない。これに対し、野々宮の司法警察員及び検察官に対する各供述調書の内容は、他の関係証拠と符合して一貫性があり、合理的であって十分信用できるものである。

4  原告は、原告及び西峯が関与して妥結した地区住民との補償交渉は、本件土地改良事業の促進のための枢要事であって、特に柳生建設の立場を考慮して行われたものではなく、また、原告及び西峯が行った柳生建設の用地賃借についての協力にしても地主を紹介して口をきいてやった程度のことであって、同人らの接触に公務員と業者の癒着はなかったのに、野田検事がこの点の検討を怠ったのは違法であると主張する。

しかしながら、贈収賄の罪の成否は要するに、原告及び西峯の職務権限、原告及び西峯からの金員の要求に対し柳生建設の野々宮がこれに応じる関係にあったか否かという点にあるところ、前記四2で認定したとおり野田検事は、関係人の供述調書のほか、県知事からの回答書などによって原告らの職務権限を確定し、かつ、野々宮から、同人が右補償交渉や飯場等の用地の賃借などについて原告及び西峯から協力を得、それに対して感謝の気持を持っていたとの供述を得ていたのであって、これらの供述に格別不自然不合理な点は見当らないのであるから、それ以上に原告の主張する各事項について更に検討する必要があったものとは認められない。

5  原告は、右三万円が手渡された経路に関して、原告と西峯及び野々宮の各供述間に矛盾があるにもかかわらず、野田検事が右矛盾する供述につき裏付捜査や慎重な信用性の検討を怠ったのは違法であると主張する。

なるほど、前記四1で認定したとおり、三万円が手渡された経路に関し、原告は、野々宮から西峯に、西峯から原告にそれぞれ手渡されたと供述しているのに対し、西峯及び野々宮は、野々宮から直接原告に手渡されたと供述し、両者の供述に食い違いが認められる。

しかしながら、《証拠省略》によれば、公訴事実第一の事実のうち現金の授受があったかどうかについて、原告は捜査の当初にはこれをも否認していたのに対し、西峯及び野々宮は当初からこれを認めていた(もっとも、野々宮は、警察での一番最初の取調べに対しては記憶がないと供述していた。)のであり、野田検事は、かかる原告、西峯及び野々宮の供述態度等一切の事情を考慮したうえ西峯及び野々宮の供述のほうが信用できると判断したものであることが認められる。そして、右三万円の授受に関与したのは野々宮、西峯及び原告の三名であってこの授受を目撃した第三者は現われていないのであるから、右三者の供述の真偽を確定する裏付け捜査は困難であり、野田検事が前記事情から西峯及び野々宮の供述のほうが信用できると判断したことが違法であるということはできない。

6  原告は、右三万円のうち、残金八〇〇〇円を西峯に返還しており、このことは捜査段階において明白であった。そして右返還の事実は、原告において、右三万円が飲食代金を流用した金員であると考え、後々における清算を考慮した措置であったとみるのが自然であるのに、野田検事はこの点の検討を怠ったと主張する。

そこで、まず、右三万円の残金の返還に関する原告及び西峯の捜査段階における供述を検討するに、《証拠省略》によれば、原告は、司法警察員に対し、残金一万七〇〇〇円を返還したと供述していることが認められるほか、公訴事実第一についての公訴提起がなされるまでに返還した金額について具体的な供述はされていない。そして乙第一五号証によれば、原告は、同公訴提起後である昭和四八年九月一三日に至って初めて野田検事に対して八〇〇〇円を西峯に返還したと供述していることが認められる。これに対し、西峯は、前記四1(二)で認定したとおり、野田検事に対し、右三万円については原告から残金の返還を受けていないと供述していたのであるから、《証拠省略》を総合考慮しても、野田検事において、公訴を提起するまでにすでに原告が残金八〇〇〇円を西峯に返還していたことが明白であったとはいえない。

そうすると、原告が残金八〇〇〇円を西峯に返還したことは捜査段階において明白であったことを前提として野田検事が検討を怠ったとする原告の主張はその前提を欠き理由がない。

7  原告は、右三万円の授受に至る経緯、動機、結果(使途)に照らしてみると、右金員の授受は、公務員が職務上の地位を利用し、不正な報酬を得て私腹を肥やすというような典型的な賄賂事犯と趣を異にし、果して刑罰をもって臨むべき程の職務に関する不正の報酬といえるかという根本的な疑義があったのに野田検事はこの点の検討を怠ったと主張する。

なるほど、原告が受け取った金額は三万円であり、《証拠省略》によれば、原告は右三万円を出張先の懇親会の費用等に当てるなどしていることが認められ、必ずしも私腹を肥やす目的で右三万円を受け取ったものとは認められないが、収賄罪が私腹を肥やす場合にのみ成立するものでないことはいうまでもないところであり、かかる事案に対し刑罰を科すことが妥当か否かの判断については担当する裁判官ないし検察官によって結論を異にすることはあるとしても、野田検事において、右事案に公訴事実第二の(一)を合わせたうえ起訴相当として公訴を提起した点に違法があるとはいえない。

8  以上の次第で、公訴事実第一の事実についての公訴提起にあたり、野田検事がなした証拠の収集、収集した証拠に対する評価及び有罪判決が得られるとの判断は、経験則、論理則に照らして首肯できるものであるから、原告のこの点に関する主張は理由がない。

五  (公訴事実第二の(一)及び(二)について)

1  野田検事が、公訴事実第二の(一)及び(二)の事実につき公訴を提起するまでに収集していた主要な証拠及びその内容について検討する。

(一)  原告の司法警察員及び野田検事に対する供述調書

《証拠省略》によれば、次の内容が記載された原告の司法警察員及び野田検事に対する供述調書が作成されていたことが認められる。

(1) (公訴事実第二の(一)について)

「昭和四六年一二月一五、六日ころ、山崎から電話で『今度のヒヤリングで高知県職員と農政局の係官とが親睦のために一杯やる会があるかもわからんが、その分の会費はあんたが用意して持って行って、できるだけあんたも出席してくれ。』と言われたのでこれを了承した。その時その会費あるいは出張先で高知県農林部の職員と飲んだり、部下職員に飲ませたりする金員が必要だと考えた。そこで、これまで改良区の池知らからの要求により隧道工事につきフリーボードを標準馬蹄型にしたり、上井筋の堤防を道路兼用にしたり、中井筋改修工事につき分水口に水が多くなるようにしたり、北部第二排水路工事につき幹線用水路の水を国分川に流すようにしたりして設計変更をし、また、改良区の操作小屋をその希望通り設置することに決め、更に、改良区の事務所移転補償金を改良区の要求金額以上に支払うなどしていたことから、池知らがこのことで私に非常に感謝の気持を持っており、また、それを表わしていたこと及び池知らが将来も希望どおり設計変更をして貰いたいし、できるだけ多く国から予算を取って、一日でも早く全工事を完成させて貰いたいとの気持を持っていることがわかっていたので、同月一八、九日ころ、池知に対し、電話で『農政局へ予算要求ヒヤリングに行くが、費用が足らん。お前のところには内三万円を割り当てるから出してくれ。』と言うと、池知は、『よろしゅうございます。』と言ってこれに応じた。そこで、西峯に指示して、池知から三万円を受け取って来て貰った。そして、岡山に出張し、同年一二月二一日の夜露月荘において農政局の係官二、三名を招待し、更に、当時一緒に岡山に出張していた部下の職員を仕事の慰労の意味で呼んですき焼きを食べながら飲酒し、その代金に二万五〇〇〇円を使い、残り五〇〇〇円を部下の野老山に『飯代にでもせよ。』と言って渡した。」

(2) (公訴事実第二の(二)について)

「昭和四七年一月中旬ころ、山崎から、電話で『今年のヒヤリングにあんたも出張して下さい。改良区からも役員の誰かを陳情に出張させて下さい。改良区の役員に言うてちょっと金を用意させて持って行かせて下さい。』と言われたので、山崎に『どれ位要るろう。』と聞いたところ、同人は、『四、五万円構えとうせ。』と答えた。そこで、私は、池知に要求すれば、前記(1)のとおり同人らは、私らに対し感謝の気持を持っており、また、将来も要望どおり設計変更をして貰いたいし、できるだけ予算を多く獲得して早い時期に事業全体が完成できるようにして貰いたいということで金を出してくれると思った。そこで、同日、池知に対し、ヒヤリングの際に改良区からも役員が一緒に出張して陳情するように申し渡すとともに、『五万円位金を構えて来てくれ。』と要求した。その時の私の気持は、農林省の係員に食事を御馳走して接待してやる費用や、同じ機会に東京ヘヒヤリングで出張している高知県議員に慰労の意味で食事を御馳走してやる費用、東京でのタクシー代などに使うつもりだった。そして同年二月一日東京に行き、翌二日、山崎から『今晩各県の者との懇親会があるが出ないか。』と誘われたがこれを断った。すると山崎は、『今晩の懇親会の会費は本課の食糧費から貰って来たが、その外にもう一つ会があるようになったから、その費用も要るので準備して来て貰っている金を二万五〇〇〇円わしに回してくれんか。』と言った。そこで、池知に『本課が二万五〇〇〇円要る言いよるから出してやってくれんろうか。』と言ったところ、同人は、『私は、明日帰る。どうせあとからいろいろ金が要るろうから今一緒に渡しておく。』と言って五万円を渡してくれた。そして、そのうちの二万五〇〇〇円を山崎に渡し、残金については、私と池知及び県職員二名位の夕食代として四四〇〇円、私と県職員二名位との食事代とそれまでに使ったタクシー代(三〇〇〇円ないし四〇〇〇円)として一万二〇〇〇円を使い、残り八六〇〇円は出張から帰って池知に渡した。」

(二)  池知の司法警察員及び野田検事に対する供述調書

《証拠省略》によれば、次の内容が記載された池知の司法警察員及び野田検事に対する供述調書が作成されていたことが認められる。

(1) (公訴事実第二の(一)について)

「昭和四六年一二月二〇日ころ、原告から、電話で『農政局へ予算要求ヒヤリングに行くが費用が足らん。お前のところへは三万円の割り当てになっているから出してくれ。』と言われた。ヒヤリングに県の職員が行くのは公務で行くのであって、改良区がその費用をみてやらなければならない理由はない。しかし、それまで原告にはいろいろ世話になっていた。すなわち、改良区が原告に操作小屋を左岸に設置すること、隧道工事について導水量を多くするように穴を大きくすること及び中井筋の改修工事につき分水口の水が多く流れるようにすることを要望したところ、原告は、これらの希望を入れてくれ、また、原告は、改良区の建物の移転補償金についても要求していた金額以上の補償金を支払ってくれた。右のことからかねてより原告に感謝の気持を持っていた。そこで、私はこれらのことに対するお礼の気持とできるだけ早く全工事が完成するように多くの予算をとって来て貰いたい、また、工事設計について新たな希望を私側から申し出た場合はできるだけそれに添うよう設計変更して工事をやって貰いたいということで、原告からの右要求を了承した。すると、その日か翌日ころ西峯が金を受け取りに来たので、原告に渡るものと思って三万円を西峯に渡した。この三万円は、原告がどこに使おうと自由なものであり、どうせ行った先で農政局の係官を接待するかあるいは原告の部下職員に慰労の意味で一杯飲ませることに使われると思って渡したものである。この三万円はあとで一円も戻して貰っていない。」

(2) (公訴事実第二の(二)について)

「昭和四七年一月末ころ、原告から『農林省へヒヤリングで出張することになったが、あんたも一緒に上京して改良区の工事に対する熱意を訴えて陳情してくれ。ヒヤリングに行く予算が足らん。ヒヤリング費用も要るし、土産代も要るので、五万円位用意して持って行ってくれ。』と言われた。原告がヒヤリングに行く費用が足りないからといって足りない分を何も改良区で見てやらなければならない理屈はないが、前記(1)と同様、これまでの設計変更等に対するお礼の気持とこれからも希望にそうよう設計変更等をして貰いたいし、また、一日でも早く本件土地改良事業が完成するよう多くの予算を取って貰いたいということで五万円位の金員なら出してあげなければならないと思った。そこで、同年二月一日、改良区の金から五万円を持って東京へ行ったところ、翌二日、原告から『今晩各県の懇親会をするのにその費用が要るが、その外に土産代も要るので用意して来た金を出してくれんか。』と言われたので、右五万円を原告に渡した。原告は、東京から帰って領収書と残金八六〇〇円を渡してくれた。」

(三)  山崎の野田検事に対する供述調書(公訴事実第二の(二)について)

《証拠省略》によれば、次の内容が記載された山崎の野田検事に対する供述調書が作成されていたことが認められる。

「昭和四七年一月一五日ころ、原告に対し、電話で『昭和四七年度のヒヤリング及び懇親会にはできるだけあんたにも出張し出席して貰いたい。懇親会の会費が二万五〇〇〇円で、一人増すごとに九〇〇〇円ということになっている。本課からこの懇親会に出席する者については本課の食糧費から出すが、その外の者の会費は出ない。また、懇親会に出る会費の外にいろいろ経費もいるので改良区に連絡して五万円位の金を構えさせて下さい。』と言ったところ、原告は、これを承知した。改良区の役員に金員を要求しようと思ったのは、改良区が本件土地改良事業を県に代って行なって貰っているので県に申し訳ないという気持を持っていることを知っていたし、改良区の要望を入れて当初の設計を変更して工事を実施するようにしたこともあり、また当初計画に入っていなかった工事を設計し、そのための予算を獲得してやったこともあったこと、更に、改良区が本件土地改良事業の完成によって利益を受けるという関係にあること、改良区の理事会で陳情のために諸経費に当てるための予算を組んでいることを知っていたことなどの理由からである。そして、東京へ出張し、同年二月二日の朝、原告に『懇親会の費用は本課から貰って来ているが、いろいろ費用もいるので、田内さんが準備して来ている金を少し回してくれんかよ。』と頼んだところ、原告は、『よし、よし。』と言って、一旦部屋を出てすぐに戻り、二万五〇〇〇円を手渡してくれた。そして、右二万五〇〇〇円は、自分と古味の食事代に五〇〇〇円を、農林省の係官四人に贈ったカステラの代金として一万円位を、タクシー代に二〇〇〇円位を使い、残り八〇〇〇円位は出張から帰っても持っていたが、同年三月末日、本課の総務係長後藤に引き継いだ。」

(四)  古味の野田検事に対する供述調書(公訴事実第二の(二)について)

《証拠省略》によれば、次の内容が記載された古味の野田検事に対する供述調書が作成されていたことが認められる。

「昭和四七年一月三一日、農林省へ予算要求ヒヤリングのため、山崎、野老山と東京に出張した。そして同年二月二日、山崎から『この二万五〇〇〇円は改良事務所から貰った。これはいろいろな雑費に使おう。』と言われて二万五〇〇〇円を受け取り、昼食代等に使った。」

(五)  その他の証拠

前記三で認定したとおり、捜査官において、高知県知事に対し、改良事務所の所掌事務について照会し、同知事から回答書を得、また、改良事務所及び改良区などから関係帳簿等を押収していた。

2  右1認定のとおり、公訴事実第二の(一)及び(二)の各事実について公訴提起がなされるまでに、野田検事のもとには前記内容の原告及び池知ら関係人の各供述調書及びその他前記各証拠が存在した(もっとも、前記三で認定のとおり、公訴事実第二の(一)については、公訴提起の段階では、原告の単独犯行ということになっていたが、後に原告と山崎との共謀によるものとして訴因変更されたものであるが、《証拠省略》によれば、原告、池知、山崎、野老山及び古味の訴因変更後の公訴事実第二の(一)の事実に副う内容を録取した各捜査官に対する供述調書が存在することが認められる。)。

そして、右各供述調書の内容は、概ね一致しており、①原告が改良区からの要望を入れて設計変更をしたり、改良区の希望する場所に操作小屋を設置したり、あるいは改良区の要求金額以上の改良区事務所の移転補償金を支払ったことなどから池知らが原告に感謝の気持を持っていたこと及び改良区としては一日も早く本件土地改良事業の完成を希望していたこと、②原告が池知に要求して、同人から三万円及び五万円を受け取ったこと、③原告、池知及び山崎が賄賂の認識を持っていたことを認める内容になっている。

3  ところで、原告は、公訴事実第二の(一)及び(二)に関する原告ら関係人の捜査官に対する各供述調書についても、公訴事実第一に関する供述調書と同様、賄賂の趣旨であることを積極的に表明して授受したというものでなく、また、果して本人が積極的に供述したのか疑問に思われるほどに詳細、具体的な賄賂性に関する供述や捜査官がことさらに関係者の供述を一致させようとした形跡があり、捜査官による強力な誘導尋問や理詰めによる追及があったものと窺われ、原告に対しては、否認を続ければ県上層部や農林省関係者にも捜査の手が伸びることを示唆され、かつ、所長としての責任をとれとまで言われて追及されたと主張する。

そこで、検討するに、まず、原告らの捜査官に対する前記各供述内容は、謝礼(賄賂)の趣旨であることを積極的に表明して授受したものでないことは原告主張のとおりであるが、賄賂かどうかは公務員の職務権限、金品授受の前後の状況等から当事者間において金品授受の趣旨が賄賂であることを理解しうるものであればよいのであり、原告らの捜査官に対する前記各供述は、原告及び山崎の職務権限、改良区及び池知との関係、三万円と五万円とを授受するに至った前後のいきさつ等から右各金員が賄賂の趣旨であることを相互に認識していたというのであり、これらの供述は関係各証拠と符合するものであって不自然な供述ではないのであるから原告らの捜査官に対する前記各供述が誘導、追及によってなされたものと推認することはできない。次に、原告及び山崎の捜査官に対する前記各供述調書中には、三万円及び五万円が賄賂であることについて詳細、具体的な供述内容が記載されているが、賄賂性の認識の有無は、贈収賄事犯において最も重要な事項の一つであって、しかも授受のあった当事者の内心にかかわる事項であるから、捜査官において授受された各金員の趣旨について、詳細、具体的な供述を求めるのは当然であり、これらの各供述を他の関係各証拠と対比して仔細に検討してみても不自然、不合理な点は見当らないのであるから、原告及び山崎の捜査官に対する前記各供述が詳細、具体的であるからといって、これが捜査官による誘導、追及によってなされたものと推認することはできない。また原告は、関係人の調書の記載中に「捜査官がことさらに関係者の供述を一致させようとした形跡がある。」と主張するが、これに対する判断は前記四3③の判断と同一である。更に、原告は、捜査官から否認を続ければ、県上層部、農林省関係者にも捜査の手が伸びることを示唆され、かつ、所長として責任をとれとまで言われた旨主張する。甲第一号証の一(原告の刑事第一八回公判における供述)中には「中島刑事から『あなたが手を叩いて拍手喝采するようなことがあるぞ』と言われた。」との原告の供述部分があり、また、原告本人尋問の結果中には「警察官から否認をしていたら、県上層部、農林省関係者の方へ捜査が及ぶことをにおわされたことがあった。」、「警察官から『所長として責任をとれ。』と言われたために警察官に意に反する供述調書を作らせた。」との供述部分がある。また、甲第三四号証によれば、野田検事は、原告の保釈請求について、裁判所から意見を求められたのに対し、「本件起訴事実は世に謂わゆる物部川土地改良事業汚職の一環を為すもので本件起訴事実のみひとり離れて別個に存在するものではないところ、これら一連の事犯はいまようやく捜査の緒についたばかりのところで、将来は柳生建設の工事担当重役その他の上層部や県本庁の当時の課長さらにはそれ以上の幹部にまで捜査の手が波及するは必至の形勢にあり……。」との意見を記載していることが認められる。しかしながら、《証拠省略》を総合すると、原告は、逮捕されて間もなく弁護人を選任していること、原告は、野田検事から否認を続けていると県上層部や農林省関係者に捜査が波及するということは全く言われていないことが認められる。そして、一般に、贈収賄事犯において、下位にある者が自白したことによって、その上部の者に捜査が及ぶことはあっても、逆に下位にある者が否認したことによってその上部の者に捜査が波及するとは考えられない。これらの事実関係に、《証拠省略》を併せ考慮すると、前記甲第一号証の一の供述部分及び前記原告本人の供述部分はいずれも措信できないし、また、前記甲第三四号証の前記記載部分から原告の司法警察員及び野田検事に対する各供述が司法警察員及び検察官による誘導、追及によりなされたものと推認することはできない。

なお、原告は、原告ら関係人の捜査官に対する各供述調書の信用性について争うので、この点について更に検討する。

前記五1、2で認定した原告の司法警察員及び野田検事に対する各供述調書の供述内容は、前記五2で認定したとおり、他の関係人の捜査官に対する各供述内容とほぼ符合するものであり、しかも、その内容を仔細に検討してみても、不自然、不合理な点は見当らないのであるから、公訴事実第一についての原告の司法警察員及び野田検事に対する各供述調書と同様十分信用できるものである。

また、前記五1、2で認定した池知の野田検事に対する供述調書の供述内容の信用性についてみるに、《証拠省略》によれば、池知は、刑事公判廷において「右三万円及び五万円は改良区の行うべき陳情行為を原告ら高知県職員に代行して貰い、その費用として預けたものである。」と供述し、捜査官に対する供述調書については「捜査官のほうでええように書いてくれということで、脳神経が悪うて、夏の暑い時にもううるそうてたまらんきに、どうなってもいいわという気持でやりました。」「野田検事から『罰金一〇万円ですむほうがまっとうようないか。そうせえ、そうせえ。』と言われて検察官に対する供述調書に異議を言わなかった。」旨供述していることが認められる。そして証人池知忠夫の証言中にも右各金員は原告らに預けたものであるとの供述部分がある。

しかしながら、《証拠省略》によれば、池知は全く身柄拘束をされることもなく、終始任意捜査を受けたに止まり、捜査官から「逮捕するぞ。」というような言動を受けたこともないことが認められ、《証拠省略》によれば、野田検事が池知に罰金の話をしたのは、同人がその検察官に対する供述調書に署名押印を終えたのち、同人に対し、略式手続によることについて異議がないかどうかを確かめる際であったことが認められ、この認定に反する池知の前記供述部分は措信できない。そして、前記五1、2で認定した池知の野田検事に対する各供述調書の供述内容は、原告その他の関係人の捜査官に対する各供述内容とほぼ符合するものであり、不自然、不合理な点は見当らないのであるから、十分信用できるものである。

更に、前記五1、2で認定した山崎の野田検事に対する各供述調書の供述内容についてみても、原告その他関係人の捜査官に対する供述内容と符合するものであり、不自然、不合理な点は見当らないのであるから、十分信用できるものである。

4  また、原告は、本件土地改良事業は、実質的にはその受益主体たる改良区及びその構成員が事業主体とも認められる事業であり、改良区は従来から独自の立場で交際費の予算を組み、農政局、農林省などに対する予算獲得運動を展開するとともに、県から支出できない費用を負担して改良事務所職員にこの運動の代行を依頼してきた経過があるのに野田検事がこれらの点について捜査を怠った違法があると主張する。

しかしながら、本件土地改良事業の受益主体が改良区であるとしても、そもそも、土地改良事業には多額の公共投資を伴うものであって、国民経済的にも重要な意義があるので、その事業は、国土資源の総合的な開発及び保全に資するとともに国民経緕の発展に適合するものでなければならず(土地改良法一条二項)、しかも、本件土地改良事業は、県営によるものであり(この事実は当事者間に争いがない。)、それだけ規模も大きく多額の公共投資を伴うものであり、国民経済に与える影響も大きいものといわなければならない。そのため、県としては、改良区の利害得失とは別に、独自の判断に基づいて事業を遂行すべきであり、同事業にかかる予算要求についても県の責任と負担において実施されなければならないことは明らかである。従って、改良区において独自に交際費の予算を組んで農林省などに陳情をなすことは改良区の内部的な判断に委ねられているが、右交際費をもって県の支出できない費用を負担するなどということは到底許されるものではない。従って、野田検事に原告主張の捜査を怠った違法があるとはいえない。

5  原告は、池知らの要望により設計変更をしたと認定するならば、原設計、変更後の設計等を実況見分等に基づいて原告や池知を取り調べるべきであり、また、その点に関する裏付捜査をなすべきであったのに野田検事はこれを怠ったと主張する。

しかしながら、前記五1(一)、(二)で認定したとおり、原告及び池知は、捜査官に対し、池知らからの要望に基づいて隧道工事や上井筋の堤防、中井筋改修工事及び北部第二排水路につき設計変更した事実及び改良区の操作小屋を改良区の希望する位置に設置したこと並びに改良区の事務所移転補償金を改良区の要求金額以上に支出したことを認める供述をしている。更に、《証拠省略》によれば、原告は、設計技術関係に精通し、しかも、司法警察員に対し、押収にかかる物部川地区計画概要書一冊、昭和四六年度継続地区予算配分打合せ資料(一般計画平面図及び隧道断面図等が添付されているもの)一冊、同四七年度継続地区予算配分打合せ資料一冊等に基づき、右図面等を使用して設計変更等がなされたことについて詳細な供述をしていることが認められる。以上の事実に照らせば、野田検事が原告らの右供述を信用し、実況見分その他裏付捜査をしなかったことをもって野田検事が捜査を怠ったということはできない。

6  原告は、農政局担当官が主賓である露月荘における宴会について、野田検事は、同宴会の実態に迫った取調べをせず、右宴会を専ら原告ら高知県職員の慰労会であったとの捜査に終始した違法があると主張する。

しかしながら、前記五1(一)で認定したとおり、原告は、司法警察員及び野田検事に対し、右宴会に当時一緒に岡山に出張していた部下の職員を仕事の慰労の意味で呼んんだ旨供述し、殊に、《証拠省略》中では、原告は、司法警察員に対し、「その宴会は、私達五名が旅の慰労の意味で一っぱい飲もうと言う事でこん立てその席に農政局の者を招待したような訳でありまして、ヒヤリングの為農政局の方達を招待したものではありません。その様な訳でこの宴会はあくまでも私達個人の慰安のため開いたもので、予算活動に利用するため農政局の方を呼んだものではありません。」と供述し、右各供述は捜査段階における他の関係人の供述とも符合しているのであるから、野田検事が農政局の担当官の取調べ等をしていないからといって、捜査を怠ったものとはいえない。

7  原告は、池知から受け取った三万円及び五万円をいずれも預託の趣旨に従って費消し、残金のあるものについてはこれを返還し、使途を証する領収書を交付し、あるいは交付しようとしたものであり、また、改良区の帳簿上にも右各金員の支出が明記されているのであるから、右事実を社会通念に徴すれば、右各金員の授受は預託と解されるのに、野田検事がこれを贈収賄と判断したのは経験則、論理則に反すると主張する。

(一)  そこで、まず、右三万円の使途及び領収書、帳簿上の記載等について検討する。

《証拠省略》を総合すると、原告は、右三万円のうち二万五〇〇〇円を前記露月荘における宴会の費用に使い、残金五〇〇〇円は右宴会の翌日野老山に食事代として手渡したこと及び改良区の支出証憑書類綴に西峯による請求書及び領収書の記載のあることが認められ、また、改良区の帳簿に右三万円の支出が記載されていることは当事者間に争いがない。

ところで、右宴会には農政局の担当官が招かれているけれども、同宴会には改良区の役員及びその構成員は一人も出席しておらず(この事実は原告本人尋問の結果によって明らかである。)、また、同宴会に出席した高知県職員の古味、野老山及び河上親においてすら、同宴会費用の負担者が誰であるか判明せず、又は、原告個人が負担したと考えていたのであるから(この事実は《証拠省略》によって認められる。)、招かれた農政局担当官において、改良区が右宴会の費用を負担して熱意を示していることなど到底知ることはできなかったものといわざるをえない。そうだとすれば、改良区がその金員を予算要求に出張する高知県職員に預けてまで改良区の熱意を農政局の担当官に伝えようとする目的は全く達成されないことになる。

また、《証拠省略》によれば、残金五〇〇〇円は改良区関係のヒヤリングが終了したのちに野老山に昼食代として渡されたものであり、しかも、原告は、野老山に対し、右五〇〇〇円が改良区から預託されたものであると告げておらず、これを受け取った野老山は、本件土地改良事業と無関係なヒヤリングの際の昼食代として費消したことが認められる。

従って、かかる原告の三万円の使途を全体的に考察すると、右三万円が預託の趣旨に従って費消されたとは到底認められない。

そしてまた、前記改良区の帳簿の記載、請求書及び領収書の存在についてみても、なるほど賄賂にあたる金品の請求書及び領収書を書類に綴ったり、帳簿上にその支出を記載することは、通常の贈収賄事件に比すと特異であるともいえるが、これは、改良区がその予算(交際費)支出の処理上必要不可欠なものであるから右帳簿の記載や領収書等の存在によって贈収賄罪の成立に疑いを生じさせるものではない。

(二)  次に前記五万円の使途及び領収書の存否、帳簿上の記載等について検討する。

原告は、右五万円の使途につき、原告本人尋問においては「山崎に二万五〇〇〇円渡し、残り二万五〇〇〇円については、昭和四七年二月一日、丸雅で池知と高知県職員一人位とで夕食を食べた代金として四四〇〇円を使い、ピアス商会で同県職員と一緒に食事をした時の代金とタクシー代三〇〇〇円ないし四〇〇〇円とで合計一万二〇〇〇円を使い、残金八六〇〇円を返還した。」旨供述し、前記五1(一)で認定したとおり、司法警察員及び野田検事に対してもほぼ同様の供述をしている。他方、甲第一号証の一及び同第一〇号証によれば、原告は、刑事公判廷においては「山崎に二万五〇〇〇円渡し、残り二万五〇〇〇円については、昭和四七年二月一日、宿舎の近くの食堂で池知と同県職員二名位と夕食を食べた代金として四四〇〇円を使い、タクシー代に二〇〇〇円位使い、古味に一万円を渡し、残金八六〇〇円を返還した。」と供述していることが認められ、両者に食い違いがある。原告は、右五万円を池知から預託され、預託の趣旨に費消したと主張する(《証拠省略》によれば、原告は刑事公判廷に同趣旨の供述をしていることが認められ、原告本人尋問中にも同趣旨の供述がある。)のであるから、その使途は重要な意味を持つものといわなければならない。しかるに、前記のとおり、うち一万二〇〇〇円の使途について原告の供述が変遷していること自体不自然であって、右五万円を預託され、預託の趣旨に費消したとの供述は信用し難い。

次に、原告の供述(捜査段階、刑事公判廷及び原告本人尋問の結果)する右五万円の使途について順次検討する。

まず、山崎に渡した二万五〇〇〇円についてみるに、《証拠省略》によれば、原告は、山崎から「懇親会が一つふえることになって県の予算では足らんから物部のほうで二万五〇〇〇円をみてくれんろうか。」と言われて二万五〇〇〇円を山崎に渡したこと及び原告、池知ともに懇親会には全く出席していないことの各事実が認められる。従って、山崎が右二万五〇〇〇円を農林省の担当官との懇親会の費用に使用したとしても、同懇親会に出席する担当官には、その費用を改良区において負担していることは知りえず、改良区の熱意が担当官に伝わるとは到底考えられず、山崎に右二万五〇〇〇円を交付したことをもって、預託の趣旨に従った費消であるとはいえない。

更に、原告は、前記のとおり池知や県職員と食事をした際の代金として右五万円のうち四四〇〇円又は一万三四〇〇円を支払ったと供述するが、池知の食事代についてはともかく、原告や県職員の食事代に費消しながら、これをもって改良区の熱意を農林省の担当官に伝えるという預託の趣旨に従った費消であるということはできない。また、仮に原告が刑事公判廷で供述したとおり一万円を古味に交付したとしても、これが本件土地改良事業に関して使用される保証は全くないのであるから、これをもって預託の趣旨に従って費消したということはできない。

《証拠省略》によれば、改良区の支出証憑書類綴には、広島県耕地課等の領収書が添付されていること及び原告が残金八六〇〇円位を改良区に返還していることが認められる(原告が五万円のうち残金を改良区に返還していることについては当事者間に争いがない。)。しかしながら、右領収書を改良区の支出証憑書類綴に添付しておくことは前記7(一)で判断したと同様、改良区がその予算(交際費)支出の処理上必要不可欠なものであるから右領収書等の存在をもって贈収賄罪の成立に疑いを生じさせるものとはいえず、残金の返還についても、右認定した五万円の費消状況、金額(五万円のうちのわずか八六〇〇円)に照らしてみると、残金の返還をもって贈収賄罪の成立に疑いを生じさせるものではない。

従って、右(一)、(二)で判断したとおり、この点にかかる原告の主張は理由がない。

8  原告は、昭和四六年一月の東京における予算折衝の際にも改良区から三万円を受け取っているのに、この件は不起訴処分になっており、このことに比照しても右三万円及び五万円の授受につき公訴を提起したのは奇妙な処理であると主張するが、《証拠省略》によれば、野田検事は、原告が昭和四六年一月に改良区から受け取った事件については、その使途及び返還状態などから起訴するだけの価値がないと判断したものであることが認められ、右取扱いは、刑事訴訟法二四八条所定の起訴便宜主義を適用したものであって、格別不合理なものとはいえず、右事由をもって右公訴の提起を違法ということができないことは明らかである。

9  以上の次第で、公訴事実第二の(一)及び(二)の事実についての公訴提起にあたり、野田検事がなした証拠の収集、収集した証拠に対する評価及び有罪判決が得られるとの判断は、経験則、論理則に照らして首肯できるものであるから、原告のこの点に関する主張も理由がない。

六  よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口茂一 裁判官 大谷辰雄 裁判官古賀寛は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 山口茂一)

<以下省略>

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